『Dairy Japan』2024年7月号p.42「ルポ2」より
夏になると連日ニュースで取り上げられる埼玉県熊谷市。外気温が40℃を超えることもある同市で搾乳牛を管理している株式会社i-Milk Factory。暑熱期のポイントを「夏に限らず年間をとおして健康な牛を作ること」と代表の井上さんは話します。そのポイントを聞きました。
各種対策を振り返る
もともと肥育農家が所有していた牛舎で2013年に経営を開始した同牧場。発足時は大型扇風機(サイクロン)が6台、細霧装置が数台設置されている程度でした。そのため自己資金を貯めながら、設備投資を行なってきたと井上さんは振り返ります。
最初に導入したのは屋根散水。その後、パーラーにソーカーシステムを導入、さらにエアコンの設置などにも取り組みました。ここ3年ほどで扇風機の台数と細霧ノズルの数を増設するといった、さらなる暑熱対策も講じました。そのほかにも、中古のバルククーラーを購入し、冷却した水を細霧に使用するなどの工夫も。
今年は排水を調整して、パーラーだけでなく牛が密集するホールディングエリアにもソーカーを設置し、水を浴びられる時間を確保する計画もしているそうです。
エアコンはホールディングエリアに2台、哺乳牛舎に1台設置しています。近年は早い時間から暑くなるうえ、暑さが抜けるのも遅いため、朝5時から夜8時くらいまでタイマーで稼働時間を設定しています。電気代の高騰による経営への影響はないのかと問うと、「7月から8月の短期で費用対効果を見れば赤字だが、牛が暑さで廃用になってしまうことのほうがマイナス。酪農家として牛の命を第一に考えているので、なくてはならないアイテムだ」と教えてくれました。
暑熱前後の管理を大切に
これらの導入により外気温40℃を超えても、牛舎内の温度は31℃から32℃ほどまで抑えられ、5年ほど前と比較して疾病はかなり減り、熱中症で廃用になる牛はいなくなったと言います。しかし、「設備面でこれだけの暑熱対策をしても、夏場の乳量の低下や繁殖成績への影響はどうしても避けられない」と言い、同牧場では7月から8月の真夏に乳量や高繁殖成績を期待するのではなく、その前後にいかに乳量と妊娠牛を確保できるかを意識しています。
繁殖面は、暑さのピークを迎える前に受胎を済ませることや、暑さによる分娩事故を減らすために4産から5産の高齢牛の分娩が7月から8月に重ならないような授精計画を実施しています。
飼料面は、ナイアシンの給与による暑熱ストレスの減少に取り組み、夏の暑さによる牛への健康被害を最小限に抑えることに留意する考えだと教えてくれました。
健康度の高い牛にする
現在、同牧場のコンサルタント業務を担当しているリプロ株式会社の磯部獣医師は「業界が厳しいなか、設備投資をすることは簡単ではない。栄養面から牛を健康にすることはそこまでの費用をかけずに牛を守ることができるポイント」と栄養面から牛を健康にすることに重点を置いています。なかでも“腸活”を大切にしています。
腸内環境が整えられた牛は、夏場に体調を崩しにくく、暑熱期明けの乳量の回復につながる強い牛だとし、そのために同牧場が給与しているのが、生菌入り混合飼料「B-Act®」。これはバチルス・リケニフォルス:DSM28710株という生菌を使った混合飼料で、2020年6月から給与を開始しました。給与開始直後から糞便性状などに効果が現れ、乳量は、1頭当たりの年間約1000kg増加したそうです。乳量が落ち込む夏場にも、この乳量増は経営に大きくプラスの影響を与えてくれると言います。暑熱期にピンポイントで給与するのではなく、年間をとおして給与することで牛の健康の土台を形成できるので、通年給与することがポイントだと教えてくれました。
暑熱に負けない牛群を作る
井上さんは「牛群改良に注力していく」を目標に掲げています。近年、暑熱に強い形質のゲノムを取り入れ、暑熱に強く、健康指数の高い牛群へ移行している段階だと言います。「形質を選抜してまだ日が浅いため目に見えた効果を実感しているわけではないが、肌感覚で疾病が少ない印象を受けている」と今後に期待を込めます。牛群改良により、今以上に健康な牛を増やし、暑熱期を乗り切る経営管理を進めていくと語ってくれました。
PROFILE/ 筆者プロフィール
小川諒平Ryohei Ogawa
DairyJapan編集部。
1994年生まれ、千葉県出身で大学まで陸上競技(走り高跳び)に励む。
趣味はサッカー観戦。
取材先で刺激を受けながら日々奮闘中。
皆さんに有益な情報を届けるために全国各地にうかがいます。