前回は「毛刈りをして暑熱対策をしてみましょう!」と紹介しましたが、渥美半島では、ほかにもいろいろと暑熱対策に取り組んでいます。もう涼しくなっているかもですが、もう一つだけ紹介させてください。
それが、表題にもある「毛が短く滑らかで光沢のある牛」=スリック牛です。この特徴を持つ牛は、生まれながらに毛刈りをする必要がないほど、毛が短めで、見た目はつるつると光沢があり、尻尾の毛もほかの牛に比べるとかなり短いです。(写真1,2)見た目、かなり可愛いです。(冬は寒そうですが)
アメリカの偉い先生がカリブの島に行った際「あれ?ここにいる牛(セネポル種)って、毛の短い牛と長い牛2種類いるんじゃね?」ということに気がつき、体温を測定したら毛の短い牛のほうが、体温が低いことを突き止めました。さらに毛の短い牛のほうが、乳量が多いことを突き止めたそうです。その後、先生はホルスタインにそのセネポル種を交配してホルスタイン牛に暑熱に強い遺伝子を導入することに成功したとのことです。
現在、日本で使用できるスリック遺伝子が入っている牛は多くないのですが、渥美の酪農家さんが2年ほど前、積極的に授精をして、その形質を持っている牛が10頭ほど産まれました。
残念ながら100%遺伝するわけでなく、その確率は50%ということなので、産まれてくるまでドキドキです。
文献を見てみると、厳しい環境下の測定で膣内温度が舎飼いの牛で0.4℃、舎飼いの牛で0.6℃違ったそうです。本当に暑い真夏は繁殖を諦めてしまいます。ですが、涼しくなってきた時、いかに早く受胎させるかレースが始まります。その際には、この膣内温度の差は大きなメリットになると思います。
夏場の乳量の落ち込みもスリック牛の方が低いそうです。まだ、広く浸透している訳でもなく、日本の暑さでも差が出るかは未知数です。けれど、早く預託先から帰ってこないかなと今から楽しみです。
現状に満足せず、「毛刈りをやってみよう!」とか「スリック牛を授精してみよう!」という酪農家さんのチャレンジ精神は本当に素敵だなと思います。
【参考文献】
S. Dikmen,E. Alava,E. Pontes,J. M. Fear,B. Y. Dikmen,T. A. Olson,and P. J. Hansen. 2008. Differences in Thermoregulatory Ability Between Slick-Haired and Wild-Type Lactating Holstein Cows in Response to Acute Heat Stress. J. Dairy Sci. 91:3395–3402
写真1見た目が可愛いスリック牛 毛がツルツル
写真2左がスリック牛の尻尾 毛が短い
牛舎内、外のどちらの環境でも、スリック牛は通常牛に比べて膣温度が低かった
(牛舎内:39.0℃ 対39.4℃、牛舎外:39.6℃ 対40.2℃)
資料提供:株式会社野澤組畜産部
PROFILE/ 筆者プロフィール
宮島 吉範Yoshinori Miyajima
千葉県の一般家庭に生まれる。麻布大学 栄養学研究室を卒業後(有)あかばね動物クリニックに入社し獣医師として25年。現在は、乳牛・肥育牛(主に交雑種)・繁殖和牛を担当する。乳牛においては診療・繁殖検診・搾乳立会・人工授精・受精卵移植・コンサルティングなどを行なう。趣味は妻との居酒屋や蕎麦屋巡り。