こんにちは、酪農学園大学ルミノロジー研究室の泉です。先日、食肉処理場で試験用に出荷した和牛のルーメンをサンプリングしてきました。ある試験処理を加えて育てた牛と無処理の対照牛とで、ルーメン絨毛や上皮組織の組織形態について比較する予定で、担当学生とともに今から結果を楽しみにしています。
ルーメンマットについて解説
さて、今日は、そんな私の専門中の専門、ルーメンマットについて解説します。
牛のルーメン内容物は、地層のように積み重なった構造をしています。ルーメンを背中側から腹側(上から下)に見ていきますと、背中側(上側)からルーメン中心部にかけて堅いマット状の塊が存在します。これがルーメンマットです。
ルーメンマットは、牛が摂取した繊維などの比重の軽い飼料片が胃の運動によって丸め込まれることによって作られます。繊維が堅く絡まり合ったルーメンマットはぎっしりとパッキングされています。イメージとしては、がっちり踏圧されたバンカーサイロの断面です。飼料分析に出すためにサイロ断面からサイレージをサンプリングしようとしても、堅く締まりすぎてうまくつかみ取ることができません。粗飼料を腹いっぱい喰い込んだ牛のルーメンマットはサイレージ同様、強固な繊維の塊になるのです。
柔らかいルーメンマットは何のサイン?
一方、繊維不足の飼料を与えられたり食滞になると、ルーメンマットは容易に柔らかくなってしまいます。炊いたご飯とお粥の関係に似ていて、堅いマットには箸がグサリと突き立ちますが、柔らかいマットに箸は立ちません。
また、放牧に出ている牛では草地の状態にもよりますが、短草利用でマメ科被度が高いといった条件が重なると、粗飼料100%の飼養条件にもかかわらず柔らかく泡を吹いたようなマットになることがあります。シャンプーの泡のような牧草の泡が作られるのですが、多量に泡が立ちすぎると鼓腸症につながってしまいます。
ルーメンマットの下側は徐々に軟らかくなっていき、最終的には液体の層となります。私 達の研究室では自作の装置を用いて、さまざまな飼養環境のルーメンマットの厚さと液層の深さを計測しました。その結果、マットの厚さと液層の深さの比は6:4程度から8:2くらいまで分布し、条件によってはルーメン内容物の大半をマットが占めることがわかりました。
ルーメンマットの役割?
この塊がルーメンマットです。ルーメンマットにはいくつかの機能があると考えられており、その一つに反芻の誘起があります。ルーメンマットがルーメン背嚢粘膜に対して接触刺激をもたらすことで反芻反射が生じます。反芻によって吐き戻された食塊を咀嚼する際に大量の唾液が分泌され、咀嚼物とともにルーメンに流入します。牛の唾液はアルカリ性であり、飼料の発酵によって酸性に傾いたルーメンpHを引き上げる効果があります。ルーメンマットは反芻刺激を有するので、間接的ではありますが、ルーメンpHを適正に保つための役割を担っていると考えられます。
ルーメンマットのもう一つの機能として、小飼料片のマット内部への取り込みがあげられます。穀物などの飼料粒子がマット内部へ取り込まれることで、長時間ルーメン内に滞留することになり、飼料の消化率が向上すると考えられています。ですので、「厚さ」や「硬さ」といったルーメンマットの物理性が低下すると、小飼料片はルーメンマット内部に取り込まれずに、未消化のままルーメンから流出してしまうので飼料消化率にも影響が及ぶと推測されます。
そんな不思議と魅力の詰まったルーメンマットですが、次回はその機能についてご紹介しようと思います。
PROFILE/ 筆者プロフィール
泉 賢一Kenichi Izumi
1971年、札幌市のラーメン屋に産まれる。北大の畜産学科で草から畜産物を生産する反芻動物のロマンに魅了される。現在、農食環境学群循環農学類ルミノロジー研究室教授。2023年より酪農学園フィールド教育研究センター長。専門はルーメンを健康にする飼養管理。癒やしの時間はカミサンとの晩酌。