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感謝とあたりまえ

JOURNAL 2024.09.19

石田 陽一

石田 陽一Yoichi Ishida

 「あたりまえの基準」について考えてみます。この「あたりまえの基準」は人によって本当に千差万別で、考えるととても興味深いのです。

 例えば、われわれ酪農家にとって「毎朝5時前に起きる」ということは、それほど苦ではない方が多いと思います。でも、社会一般的には日曜日も正月も関係なく朝5時前に起き続けることは、なかなか真似できることではありません。反対に、2021年に総務省統計局が実施した「社会生活基本調査」によると、通勤時間の全国平均は往復で約1時間19分ということですが、牛舎まで徒歩30秒の私にとっては考えられません。

 仕事をするうえで「あたりまえの基準」をどこに設定しているかは、成果ややりがいに直結しています。バルク乳の体細胞数が常に一桁台の方にとって、20万台になってしまうと一大事ですよね。徹底的に原因を調べ、搾乳方法や除糞方法などを見直し、再び一桁台に戻るように努力をするでしょう。その改善の工夫は、「あたりまえの基準」が高いゆえに編み出され、さらに高いレベルに押し上げてくれます。ホウキの一掃き、蜘蛛の巣、ハエ、エサ袋のたたみ方に至るまで、高いレベルの「あたりまえ」は魂が宿り、仕事への誇りと自信を育んでくれます。

 このことをイエローハットの創業者で、掃除を極め尽くすことで有名な鍵山秀三郎氏が自著の中で「凡事徹底」という言葉で表現されておりました。「誰でもできることを誰よりも特別に熱心にやり続ける」という意味で、この言葉を知って以降、私の座右の銘としています。

 一方で、同時に「あたりまえの基準」を下げることも人生を豊かにするうえで非常に重要だということを、酪農教育ファームで子ども達から教わりました。初めて牛舎に入った子ども達にとって、間近で見る成牛はとても大きく、最初は怖がって近づけない子もいます。しかしやがて、牛がうんこやおしっこをするのを見て、どっかんどっかん大笑い。乾草をあげたら、長い舌をベローンと出して手を舐められ大笑い。牛と子ども達との距離はだんだんと縮り、最後はほとんどの子が喜んで帰っていきました。

 私は初めてこの光景を見たときの衝撃を今でも覚えています。牛が糞尿をするのも、エサを食べるのも、「毎日のあたりまえ」すぎて何も感じていませんでしたが、子ども達は目をキラキラさせて感動しているのです。私は、「牛が生きていることはあたりまえではないんだな。牛達が生きているおかげで、私は生かされているんだな」と気づかされ、牛達への感謝の念が湧いてきました。

 思えば、従業員が出勤してくれること、五体満足なこと、戦争のない国に生まれ育ったこと、家族が健康なこと、お風呂に入れること、朝日が昇り、日が暮れること。これらは「あたりまえ」ではなく、とても有難いことです。こうして「あたりまえの基準」を低く設定することで、何にでも感謝を抱くことで、自分の存在に誇りと自信が生まれます。「有難い」とは文字通り、「有るのが難しい」ということ。すなわち「あたりまえ」の反対語ですね。感謝とあたりまえ、どちらも意識しながら人間力を磨いていきたいと思います。

PROFILE/ 筆者プロフィール

石田 陽一

石田 陽一Yoichi Ishida

1984年神奈川県生まれ。2007年酪農学園大学卒業後、ニュージーランドの大規模酪農場に1年間勤務の後、家業に就農。
2011年ジェラート屋めぐりを創業、法人化。年間来場者数約6万5千人の牧場を運営。
2014年より現職。石田牧場グループCEO

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