「A2ミルク開拓記」第1話:「牛乳への誇りと、消費者の不安のあいだで」
JOURNAL
皆さんこんにちは。北海道富良野市で約2,300頭を飼養する有限会社藤井牧場の代表・藤井雄一郎です。120年以上続く酪農家の5代目として酪農経営をしながら、日本A2ミルク協会代表理事として、A2ミルクの普及と認証制度づくりに取り組んでいます。
A2ミルクの認知が高まってきている今、酪農業界の皆様にも、A2ミルクのこと、A2遺伝子のこと、A2を取り入れる酪農経営の実際について情報をお届けできればと思い投稿を始めさせていただきます。
A2ミルクの前に、牛乳への誇りがあった
私は今、日本A2ミルク協会の代表理事として、A2ミルクの普及に取り組んでいます。
ただ、最初にお伝えしておきたいのは、A2ミルクは普通の牛乳を否定するものではない、ということです。私自身、今も通常の牛乳を生産し、販売しています。全国の酪農家が毎日搾っている牛乳は、厳しい衛生管理と品質管理の中で届けられている、大切な食品です。
私がA2ミルクに興味を持ったのは、「普通の牛乳はだめだ」と思ったからではありません。むしろ逆です。私はずっと、牛乳の価値を信じてきました。だからこそ、牛乳に不安を感じている消費者の声に出会ったとき、酪農家として大きな戸惑いを感じました。そこが、私の出発点でした。
藤井牧場は、北海道富良野で100年以上続いている牧場です。私はその5代目として生まれました。子どものころから、牛舎があり、牛がいて、朝晩の搾乳がある暮らしが当たり前でした。祖母や家族からは、昔の酪農の話をよく聞かされました。
その中で印象に残っているのが、「昔は、体の弱った人や病人に牛乳を飲ませるとよいと言われていた」という話です。今のように食べ物が豊かでなかった時代、牛乳は栄養のある貴重な食べ物でした。私にとって牛乳は、単なる商品ではありませんでした。家族が守ってきた仕事であり、地域の食を支えてきたものであり、人の健康に役立つものだと思っていました。

酪農は、一日も止められない仕事です。こちらの都合で休むことはできません。牛は毎日乳を出しますし、搾乳も、餌やりも、哺乳も、分娩も、待ってはくれません。天気が悪くても、体がしんどくても、牛舎の仕事は続きます。
だからこそ、酪農家は牛乳を軽く考えていないと思います。毎日、牛の体調を見て、飼料を考え、乳質を気にし、事故がないように気を配りながら、必死で生産しています。私もその一人です。
作るだけでは届かない
ところが、社長として牧場を任されるようになってから、少しずつ考え方が変わってきました。
それまでは、良い牛を育て、良い乳を搾ることが自分たちの仕事だと思っていました。もちろん、それは今でも一番大事なことです。ただ、牛乳が消費者の手に届くところまで考えると、それだけでは足りないのではないか、と感じるようになりました。
牛乳が余って廃棄されるというニュースを見ることもありました。私たちは毎日必死で牛乳を搾っているのに、その牛乳が飲まれずに余ってしまう。これは酪農家にとって、なかなかつらいことです。
そこで、チーズやジェラートなど、加工品の販売にも挑戦しました。自分たちの牛乳を、もっと直接、消費者に届けたいと思ったからです。実際に売り場に立つと、これまで見えていなかったことがたくさん見えてきました。
消費者から言われた、忘れられない一言
その中で、忘れられない一言がありました。
ある消費者の方から、「牛乳が胃腸に悪いかもしれないから、乳製品は買わない」と言われたのです。
正直、最初はショックでした。悔しさもありました。自分たちは、人の体に良いものを作っていると思ってきた。祖母からも、牛乳は人の健康を支えるものだと聞いて育ってきた。それなのに、消費者の中には、牛乳に不安を持っている人がいる。
もちろん、その一言だけで牛乳が悪いという話にはなりません。世の中には、牛乳について極端な情報もあります。必要以上に不安をあおるような話もあります。私たち酪農家は、そうした情報には冷静でなければなりません。
一方で、「牛乳を飲むとお腹が張る」「ゴロゴロする」「下痢をする」と感じる方がいるのも事実です。その原因は一つではありません。乳糖を分解する力、飲む量、体調、腸内環境、思い込み、生活習慣など、いろいろな要素が関係します。
そのとき私が思ったのは、消費者の不安を頭から否定するのではなく、まず事実を知る必要がある、ということでした。牛乳には価値がある。これは私の中で変わりません。けれども、牛乳を飲みたいのに飲みにくい人がいるなら、その人たちに何か別の選択肢を示せないだろうか。酪農家として、そこに向き合うことも必要なのではないか。そう考えるようになりました。〜次回に続く〜
