私の研究室は「ルミノロジー研究室」という名称ですが、初めてお目にかかる方には何をやっている研究室なのかイメージが湧きにくいようです。ルミノロジーは「Ruminant Physiology」の略称で、狭い意味で捉えますとルーメン(第一胃)を持つ反芻動物の栄養生理学というのが正しい意味になります。
今回は、当研究室のドストライクな研究テーマであるルーメンについて紹介します。
ウシが保有する四つの胃ですが、第一胃から第三胃までは消化液の出ない、言わばただの袋状の臓器です。一方、第四胃では胃酸が分泌されるので、人間の胃に相当します。
乳牛をはじめとする反芻動物は、第四胃よりも前に三つの胃袋を有したことによって、地球上の草食動物の頂点に君臨することが可能になりました。地上のどこでも、それこそ道ばたにも存在する、堅い繊維質のヨロイでガードされた草資源。われわれ人間をはじめとする胃が一つしかない単胃動物は、当然のことながらその緑の草を食べて、消化し、栄養とすることはできません。ですが反芻動物は違います。長い進化の歴史のなかで、彼らはルーメンに大量の微生物を棲まわせて、それらに繊維質を発酵させるというシステムを編み出したのです。その大発明(?)が、先に述べたとおり反芻動物を地球上に生息する大型哺乳類の最大与党に押し上げたのです。
反芻動物は微生物発酵によってエネルギー源を得ているわけですが、真夏には困ったことが生じてしまいます。それは発酵熱です。大学農場にはルーメンにカニューレという特殊な蓋を付けて実験用に飼育している乳牛がいます。ある夏の日に、彼女らのルーメン内容物の温度、直腸温(体温)、気温を計ってみました。この日の外気温は29.9度でしたが、ウシの体温は39度とやや高かったです(平熱は38度台)。
同じ牛のルーメンカニューレから直接ルーメン内の温度を計ったところ、なんと40度に達していました。このウシは乾乳牛で主に乾草を摂取していました。乾草は消化しにくいので、いかに微生物の力を持ってしても発酵に時間がかかり、熱産生が持続してしまいます。ルーメン内の発酵熱は体内に蓄積されてしまい、病気でもないのに体温が39度に達してしまったようです。
このことからも、真夏は発酵が容易で、長時間にわたり持続的に発酵熱を出さないような飼料給与が望ましいといえるでしょう。発酵のしやすい副産物系の繊維などは有効だと思われます。
PROFILE/ 筆者プロフィール
泉 賢一Kenichi Izumi
1971年、札幌市のラーメン屋に産まれる。北大の畜産学科で草から畜産物を生産する反芻動物のロマンに魅了される。現在、農食環境学群循環農学類ルミノロジー研究室教授。2023年より酪農学園フィールド教育研究センター長。専門はルーメンを健康にする飼養管理。癒やしの時間はカミサンとの晩酌。