
「乳房炎は、まず牛の力を信じて見守る」——そんな酪農を実践しているのが、北海道標茶町の小林牧場です。ここでは4年以上、抗生剤による出荷不可能乳が発生していません。その背景には、牛に無理をさせない独自の飼養管理がありました。

なぜ抗生剤を使わないのか?
乳房炎は酪農家にとって避けて通れない課題です。しかし小林慶次朗さんは、乳房炎が疑われてもすぐに抗生剤を使うことはありません。乳量の低下や採食量の変化といった初期症状を見逃さず、まずは抗炎症剤で対処。エサをしっかり食べさせ、牛の自然治癒力を引き出すことを重視しています。
さらに、乳房の状態に応じて湿布剤をスプレーしたり、重症時には患部の早期乾乳や別搾りで対応します。この結果、抗生剤による廃棄乳の発生はゼロ。「バルクへの抗生剤混入」などの心的ストレスや作業負担の軽減にもつながっているのです。

健康な牛と無理のない管理
このような酪農が可能なのは、小林牧場の経営方針が「無理をしないこと」に徹しているからです。飼料は乾草ロール主体で、サイレージやTMRは使いません。乾草は水分量が安定しており管理もしやすい。またほかにも、糞が安定して乾燥し、牛床が汚れにくいことから、衛生環境の維持という点からも、牛が病気になりづらい環境工夫が至る所に見られます。

また、「乳量を追わない」「泌乳サイクルを急がない」という姿勢も特徴的です。搾乳は基本的に小林さん1人で行なっており、牛の小さな変化にもすぐに気づけるため、疾病の早期発見・予防が実現できています。
「頑張らない酪農」が生んだ成果
「面倒なことはやらない」と語る小林さんですが、その言葉の裏には、徹底した効率化と合理的な判断があります。疾病が減れば、作業時間も費用も抑えられる。結果的に「長く続けられる酪農」へとつながっています。

最近では子牛のゲノム検査も導入し、「飼いやすい牛群」作りにも注力。エサ寄せロボットや自動給飼機の導入など、省力化設備も積極的に取り入れながら、より「楽できる酪農」を追求しています。
守りの姿勢が、強さになる
攻めるのではなく、守る。手をかけすぎず、でも目は離さない。そんな小林牧場のスタイルは、持続可能な酪農の一つの形です。情勢や技術の進歩に捉われない、酪農の一つの在り方なのかもしれません。
PROFILE/ 筆者プロフィール

前田 真之介Shinnosuke Maeda
Dairy Japan編集部・北海道駐在。北海道内の魅力的な人・場所・牛・取り組みを求めて取材し、皆さんが前向きになれる情報共有をするべく活動しています。
取材の道中に美味しいアイスと絶景を探すのが好きです。
趣味はものづくりと外遊び。